ラベンナ旅行記1

2019年5月18日

ローマからエミリア・ロマーナ州の主要都市の1つラベンナへ、2泊3日で観光してきました。

ローマ帝国の衰退と繁栄に大きく影響を受けた都市です。402年に西ローマ帝国の首都がミラノからラベンナに移されたとき、また480年頃東ゴート族の王テオドリクスによって支配されたときに首都となっています。

なんといってもモザイクが有名で、街中にモザイク画あふれています。

ユネスコの世界遺産に登録された建物が8つあり、そのうちの7つは街の中心部に固まっていて、歩いて散策にぴったり。

 

ガッラ・プラチディアの霊廟【世界遺産】

ガッラ・プラチディアの霊廟の入口

まずはローマ帝国皇帝テオドシウスの娘、ガッラ・プラチディアの霊廟です。ガッラは、ローマの捕虜となったり、政略結婚を何度か強いられたり、数奇な生涯を送った女性のお墓です。

飾り気のない小さな建物の中に入ると、モザイクの世界が広がっていました。

ガッラ・プラチディア霊廟のモザイク

入口のすぐ上には、髭のない若々しいキリストが穏やかな表情で描かれています。

入口にこのモチーフが描かれているのは、キリストを介してのみ永遠の平和が得られることを暗示してのことだそう。

サン・ビターレ聖堂の天井

天井には、星が散りばめられた空に下が東を向いた十字架が、四隅には4人のエヴァンジェリスト(福音史家)の象徴が描かれています。

遠近法が利用され、エヴァンジェリスト側、つまり下の方の星は大きく、十字架の近くの星は小さく見えるように作られています。

3つの石棺がありますが、入って正面のがガッラ・プラチディアのものと言われています。

「物語 イタリアの歴史 藤沢道郎著」によると、彼女の死後、遺体に防腐処理が施され、千年以上もの間彼女の遺体を棺の小さな穴から見ることができたそうです。その後、不注意な観覧者がよく見ようと炎を近づけた際、遺体に火がつき全て燃えてしまったという話が残っているそうです。

真相はともかく、中には遺体は埋葬されていません。

 

サン・ヴィターレ聖堂【世界遺産】

サンビターレ聖堂の後陣

ガッラ・プラチディアの霊廟と同じ敷地内にサン・ヴィターレ聖堂はあります。

観光客の99%が訪れる場所。外観は霊廟と同じくシンプルな作りで、モザイクが溢れる内装とのコントラストに驚きます。

ゴート族支配下にあった527年に着想され、ビザンチン帝国支配下にあった548年に完成しています。柱廊や中庭に見られるローマ建築様式と後陣に見られるビザンチン様式が同じ建物内で融合しています。

 

サンビターレ聖堂の後陣

モザイクに描かれているモチーフは聖書の場面であったり、これまた髭のない若いキリストであったりここではとても説明しきれません。

興味深かったのは、上の写真で見ることのできる丸いメダルの中に聖人たちが帯状に描かれたモザイクと、後陣正面をみて右側、左側に対称的に描かれているユスティニアヌス帝のモザイクとテオドラ妃のモザイクです。

もしラベンナに行くことがあったらぜひガイドブックを買ってみてください。モザイクをより一層楽しめます。

 

ラベンナ旅行記2へ続く。