ローマのピラミッド、内部見学ツアー

ローマ街歩き

ローマにピラミッドがあるのはご存知ですか?地下鉄のB線、その名もイタリア語でピラミッドという意味のPiramide駅のすぐ側に、どどーんとピラミッドが立っているんです。

今回は、普段は閉じられて近づくことのできないピラミッドの中へガイドさんと一緒に入ることができるツアーがあったので参加してきました。

なぜここにピラミッドが…?

ピラミッドといえばエジプトですが、なぜそれがローマにあるんでしょうか。それも街のど真ん中に…。

古代ローマではエジプトの文化が大人気でした。皇帝がこぞってエジプトから色々なものを持ち帰りました。いい例は今でも多く残っているオベリスクでしょう。サンジョバンニ大聖堂の前にあるオベリスクなど、エジプトから運ばれたオベリスクに加え、ローマでエジプトのオベリスクを模倣して作ったローマのオベリスクも多く残っています。

その流れでエジプトのピラミッドを自分の墓にしたいという人物が現れます。ガイウス・ケスティウス・エプロです。エプロというのは彼の役職名。彼の名前がピラミッドの表面に2箇所でかでかと記されています。

彼は彼の死後、330日以内に自分の墓としてピラミッドを建設するよう遺言に記しました。そうしなければ、財産を残さないとも記したため、死後320日後くらいで完成したそうです。残った人の性格をよく把握していたんでしょう。

ローマにはこのピラミッドの他にも別のピラミッドが少なくとも3つあったようです。現在のピラミッドと対になっていたピラミッドと、ポポロ広場の双子教会の側に1つずつあったと考えられています。

では、なぜこのピラミッドだけ現在まで残っているのでしょう。それはその側に立っているサン・パオロ門が関係しています。現在も一部が残っていますが、ローマは外壁で囲まれた街でした。現在よりもローマの面積は小さかったとはいえ、城壁を作るのはお金も時間もかかります。それらを節約するためにピラミッドを城壁の一部として利用することにしたため、現在まで残ることになりました。

今では、駅の名前にも使われ、ある日本人の寄付によって補修工事が行われるなど、地域に根付いています。入り口にある碑文には彼の名前が記されています。

いよいよピラミッド内部へ

前置きが長くなりましたが、いよいよ内部を見てみましょう。中に入るまでに、今回ガイドをしてくれた教授の熱心な説明を聞き、いやが上にも内部への期待が高まっていました。

背の低い狭い通路を通り、中へ入ると薄暗い小さな部屋に出ます。そこが内部の全てです。壁には天使や、女性預言者の絵が描かれており、ガイドさん曰くガイウス・ケスティウスの骨壷があったと思われる壁龕がくり抜かれています。

大事なのは巨大なエジプトのピラミッドであるということで、内部はそこまで重要視されていなかったようです。ともかく、貴重な体験ができて満足のツアーでした。

最後はオスティエンセ美術館(Ostiense Museo)へ

その後、まだツアーは終わりではありませんでした。サン・パオロ門の監視塔があった場所が、現在はオスティエンセ美術館として無料公開されています。そこもガイドさんと一緒に見学しました。多くの展示があるわけではありませんが、当時の古いフレスコ画などが保存されています。

屋上からのピラミッドを眺めるのも中々素敵なものでした。

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